多くのデイサービスでは身体拘束の防止や排除について、マニュアルを整備して職員に周知していると思います。
身体拘束はご利用者のADLの低下や、意欲の低下を招き、介護施設の信用失墜にもつながる重要なことです。
恐らく、デイサービスで働く多くの方はここまでを見て「そんなことは分かっているよ」と思っているでしょう。
ところが、スピーチロック(言葉による身体拘束)に限定をして話をすると、表情が曇る方もいるのではないでしょうか?
スピーチロックは薬や道具を必要とせずに、職員の言葉だけでご利用者の行動を制限できてしまいます。
デイサービスの中で、知らず知らずのうちに行ってしまっている可能性のあるスピーチロックに関してお伝えしていきます。
デイサービスでスピーチロックが起きやすい場面や原因、スピーチロックの3つの分かりづらさ、スピーチロックを予防する3つの対策をお伝えします。
身体拘束とは、ご利用者の身体的な自由を奪うこと。
身体拘束とは、高齢者の身体的な自由を奪うことを指します。
冒頭でも少し触れましたが、デイサービスや介護施設において身体拘束と呼ばれるものには次のようなものがあります。
身体拘束の例
- 動き回らないように、車いすやベッドに手足を縛る
- 自分で降りられないように、ベッドを柵で囲む
- 車いすから立ち上がらないようにベルトを着ける
- おむついじりを防ぐためにつなぎ服を着せる
- 手を固定したりミトン型の手袋をつける
- 動き回ることを止めるために、薬を多量に使う
- 鍵のかかる部屋に閉じ込める
- 「○○しちゃダメ!」と言葉で、行動の自由を奪う
身体拘束には主に次の3種類があるとされています。
- 物理的に身体を拘束するフィジカルロック
- 薬の過剰投与で身体を拘束するドラッグロック
- 言葉によって行動を制限するスピーチロック
物や薬を必要とするフィジカルロックやドラッグロックに比べて、スピーチロックは言葉一つでできてしまいます。
今回の記事では、特に一番最後に書いた言葉で行動の自由を奪うスピーチロックに焦点を当ててお伝えしていきます。
スピーチロックが起きやすい場面と原因は?
スピーチロックとは身体拘束の中でも、言葉でご利用者の行動を制限することを指します。
薬や道具を使用する事無く、職員の言葉だけで行動の制限ができてしまうので、知らずのうちにスピーチロックを行っているかもしれません。
例えば「危ないから勝手に動かないで!」とご利用者の意に反して、行動を抑え込むようなことを言います。
デイサービスでスピーチロックが起きやすい場面や原因には次のようなものが考えられます。
- 職員にスピーチロックという概念が無い
- ご利用者のケアが重なる
- 歩行介助が必要な方が動き出す
- デイサービスとして暗黙の了解をしている
デイサービスの職員はこれらのことを把握したうえでスピーチロックの予防に取り組んでいく必要があります。
ではデイサービスでスピーチロックが起きやすい場面と原因について、一つずつ詳しく解説していきます。
職員にスピーチロックという概念が無い
まずそもそも職員にスピーチロックという概念が無い場合には、スピーチロックが起きる可能性があります。
この場合は、職員が言葉で行動を制限することが身体拘束にあたるということも分かっていません。
知らず知らずのうちにスピーチロックをしてしまうことになります。
ですが、デイサービスで働いている以上は職員は介護のプロとして見られます。
身体拘束の防止や排除というのは、実地指導でも確認される研修内容です。
身体拘束の防止や排除に関する研修を行なっていないことは指導の対象になる場合もあります。
デイサービスの管理者や研修の責任者は、年間の研修に身体拘束の防止や排除に関する物も含むことをおススメします。
そして、少なくとも身体拘束に関する次の3つの概念は基礎として覚えてもらうようにしましょう。
- フィジカルロック
- ドラッグロック
- スピーチロック
これらのことが身体拘束にあたるということを理解してもらうことが身体拘束やスピーチロック排除のスタート地点かもしれませんね。
ご利用者のケアが重なる
デイサービスの一日の流れの中では、ご利用者のケアが重なる場面も出てくると思います。
例えば、次のような場面です。
- 来所後の移動
- 昼食後のトイレや口腔ケア
- 午睡後の移動
- 退所前のトイレ
デイサービスの職員は様々な場面で安全を優先させます。
そのため、ご利用者の移動が重なったりすると「ちょっと待っててくださいね」や「危ないから動かないでくださいね」と行動を制限してしまうことがあります。
丁寧な声掛けをしているつもりかもしれませんが、結果としてご利用者の行動を制限してしまっています。
こういったことが何回も重なっていくと、ご利用者は「また、待つのか・・・」と蔑ろにされた気分を味わってしまいます。
ご利用者のケアが重なる場合でもスピーチロックを起こさない対策が必要です。
歩行介助が必要な方が動き出す
デイサービスでスピーチロックをしてしまう場面で意外と多いのが、歩行介助が必要なご利用者が動き出した場合です。
「勝手に動かないで」などと言って行動を制してしまう場面ですね。
デイサービスの職員からすると、やはり安全優先のために発した言葉のつもりなのですが、ご利用者側は「怒られた」などの負の感情が残ります。
特に転倒歴のあるご利用者の場合、デイサービスの職員は敏感になりますよね。
認知症のご利用者の場合は、一度伝えても忘れてしまって再び動き出すということもあるのでさらに敏感になるかもしれません。
先ほどお伝えした、『ケアが重なるような場面』とも似ていますが、他のご利用者のケアを行なっている時に起こりやすいですよね。
人手の足りないような現場では、特に言葉で制する以外の方法がなくてスピーチロックが起きてしまうかもしれません。
デイサービスとして暗黙の了解をしている
スピーチロックが起きる原因に一つとして、デイサービス全体で暗黙の了解としている場合があります。
これは稀なケースであると信じたいのですが、、実際にやはりこういったデイサービスもありますね。
デイサービスがスピーチロックを暗黙の了解としてしまう理由として次のようなことが考えられます。
- 安全優先のために仕方なく
- 職員の指導がうまくできない
- 長年にわたり当たり前に行われている
デイサービスの職員はどのような理由であれ、スピーチロックは行ってはいけないという意識を持つようにしましょう。
この辺りも本来はデイサービスの管理者が率先して改善に取り組まなければいけない事案です。
現在何らかの理由でスピーチロックを暗黙の了解としてしまっているデイサービスは早急に改善することをおススメします。
スピーチロックは3つの分かりづらさがあるから、起きやすい
ここまでは、デイサービスでスピーチロックが起きる原因についてお伝えしてきました。
では、スピーチロックは他の身体拘束に比べてなぜ起きやすいのでしょうか?
スピーチロックが起きる原因ともつながる部分ですので、踏み込んでお伝えします。
スピーチロックは3つの分かりづらいからどうしても起きてしまいやすい身体拘束です。
3つの分かりづらいとは次のとおりです。
- どこまでがスピーチロックかわかりづらい
- スピーチロックによる影響がわかりづらい
- ご利用者自身が身体拘束されていることがわかりづらい
この3つの分かりづらさを解消しておくことで、スピーチロックが起きることを防ぐことにもつながります。
スピーチロックを防止するためにも理解しておいた方がいい内容ですのでご覧ください。
どこまでがスピーチロックかわかりづらい
先ほどから何度か触れていますが、スピーチロックはデイサービスの職員が知らず知らずのうちに行なっている場合があります。
これは、デイサービスの職員がスピーチロックという概念を知らないことだけが原因でもなさそうですよね。
どこまでがスピーチロックになるのか明確ではないために起きてしまう場合があります。
どういうことかというと、
- こんな声かけは良いよ、こんな声かけはダメだよという共有がデイサービスの中でできていない。
- グレーゾーンをグレーゾーンのまま全員がふわふわした状態で使っている。
言葉の数は無限にあるので、全てを線引きしていくことは不可能です。
実際に私自身もスピーチロックとなる言葉を全て管理できているわけではなく、伝え方が難しい時もあります。
ですが、
- ダメなことを放置しない
- グレーゾーンを放置しない
- 良いことを認める
ということをコツコツやりながら明確なルールを作り上げていく持続性がスピーチロックの予防には大切ですね。
スピーチロックによる影響がわかりづらい
次に、スピーチロックがご利用者に与える影響がわかりづらいということがスピーチロックを誘発する要因の一つになっています。
- フィジカルロックの場合には、身体に痕が残るなど目に見える影響が出ることがあります。
- ドラッグロックの場合にも、明らかな意欲低下など目に見える影響が出ます。
- スピーチロックの場合は直ちにご利用者に影響が出るということは少ないですよね。
つまり、デイサービスの職員がスピーチロックで身体拘束をすることへの罪悪感を感じづらいということですね。
その結果として、デイサービスの職員がスピーチロックを続けてしまうということも少なからずあります。
スピーチロックがご利用者に与える影響は分かりづらいため、デイサービスの職員は次のことを理解しておく必要があります。
- 少しずつご利用者の意欲低下が進行する
- その結果、ADLの低下が起こる
- その結果、自分たちの介護業務が大変になる
最後はデイサービスの職員目線で書いてしまいましたが、一番つらい思いをするのはご利用者やそのご家族だということを理解しておいてください。
スピーチロックは結果としてご利用者が在宅生活ができる期間を短くしてしまうものだということを覚えておきましょう。
ご利用者自身が身体拘束されていることがわかりづらい
次に、紹介する分かりづらさは、ご利用者自身が身体拘束されているということがわかりづらいということです。
デイサービスの職員から「ちょっと待っててくださいね」と言われたご利用者は割と笑顔で「いいよーゆっくりで」と答えてくださることがありますよね。
すると、デイサービスの職員はそこに甘えて、また「ちょっと待っててくださいね」とスピーチロックを起こしてしまうのです。
「え?ご利用者がいいって言ってるんだからいいじゃないですか?」と思う方もいるかもしれません。
ですがそれは、ご利用者がスピーチロックをされていることに気づいていないだけであって行動を制限していることに変わりはないのです。
ここがスピーチロックを予防したい時に厄介になる部分ですよね。
ご利用者自身がスピーチロックという名の身体拘束をされているという意識がないからついついデイサービスの職員はスピーチロックを繰り返してしまうんですよね。
「ご利用者がわかっていないからいいか」と許しているからスピーチロックの線引きがわかりづらくなるのです。
Aさんが「良いよーゆっくりで」と言っても、
Bさんは「また、待たなくちゃいけないのか」と感じるかもしれません。
もっと言うとAさんは言葉ではそう言っていても心の中ではどう思っているか分かりませんよね。
Aさんは表面上許してくれるからいいけど、Bさんは嫌な表情をするからダメと言うような曖昧な線引きをしないようにしましょう。
スピーチロックは厳しく線引きをすることが重要になります。
デイサービスの職員同士でも気軽に「今の言葉はダメだよね」と言い合える環境を作ることが望ましいですね。
スピーチロックを予防するためには、3つの対策を行いましょう。
では、デイサービスでスピーチロックが起きないように予防するためにはどうしたらいいでしょうか?
今回は3つの対策を紹介していきます。
- 選択していただくクセをつけておく
- 「勝手に」はない事を理解する
- 研修を行う
この3つの予防策をデイサービスのスピーチロック対策として行うことで、スピーチロックをしてしまう可能性をグンと減らすことができます。
ポイントは放置せず・繰り返し・長期的に行うことです。
では3つのスピーチロック対策についてお伝えしていきます。
選択していただくクセをつけておく
スピーチロックを予防するための方法として、よく言い換え表のような物が持ち出されます。
例えば次のようなものです。
- ちょっと待っててください→あと、3分程待ってもらえますか?
- 座っててください→危ないので、座ってていただけますか?
ですが、じつは言葉の言い換え表を見てみると言葉を言い換えることが主な目的ではないことに気付くと思います。
言葉を言い換える目的は、ご利用者に選択していただくことです。
よく、クッションになる言葉を入れると丁寧な印象を与えると言われますが、丁寧な印象を与えてもスピーチロックはスピーチロックですよね。
それに、デイサービスで働くほとんどの職員は丁寧な声かけができています。
それよりも、デイサービスの職員が普段から習慣化しておかなければいけないことは、ご利用者に選択肢を与えるということです。
デイサービスでは一日の流れが決まっていることが多く、時間に追われることが日常化されています。
ですので、どうしてもデイサービスの職員主導で進めてしまうクセがついています。
本来はそうではなく、ご利用者側に選択権があるはずですよね。
日常的にご利用者に選択肢を与える対応ができているデイサービスではスピーチロックも起きづらいです。
習慣を変えることは難しいかもしれませんが、少しずつ取り組んでいきましょう。
「勝手に」はない事を理解する
次に紹介するデイサービスでのスピーチロックの予防は「勝手に」はない事を理解するということです。
ちょっとわかりづらい表現かもしれませんので簡単に伝えます。
人の行動に「勝手に」なんてあり得ないということを理解しましょうということですね。
自分に置き換えて考えてみましょう。
- 椅子から立ち上がるのに誰かの許可が必要ですか?
- 歩くのに誰かの許可が必要ですか?
- テーブルのティッシュを取るのに誰かの許可が必要ですか?
- 食べるのに誰かの許可が必要ですか?
私たちは普段から勝手に歩いていますし、勝手に立ち上がりますし、勝手にティッシュを使いますよね?
つまり勝手に行動することは日常であって、人として普通のことだということです。
デイサービスのご利用者も一緒です。
トイレに行きたかったら立ち上がりますし、歩き出します。
デイサービス職員の仕事は、ご利用者が人として当たり前の行動をした時に危険の無いように見守りを行うことです。
「勝手に」と思ってしまうということは、自分たちの仕事はご利用者を管理することだと勘違いしているということです。
意識改革の話になりますが、デイサービスとして同じ認識をもって業務に臨めるように働きかけましょう。
研修を行う
スピーチロックを放置してしまうと、ご利用者への弊害が起きるだけでなくデイサービスの信用も失墜する事態になってしまいます。
スピーチロックは起きやすい身体拘束でもありますので、定期的に研修を行うことをおススメします。
1回、2回伝えただけでは、伝わりきらない部分もあります。
先ほどもお伝えしたようにスピーチロックになりうる言葉を全て把握することは不可能です。
ですのでスピーチロックのグレーゾーンが発生した時には、放置せずにその都度で解決していくようにしましょう。
デイサービスの管理者は今の介護業界で、そもそもスピーチロックを知らないということは論外だと厳しい目線をもって職員の教育に当たるようにしましょう。
スピーチロックを防ぐには、とにかく繰り返して意思の共有を積み重ねていくことが効果的です。
今すぐに効果が出なくとも、研修を繰り返し行うことで少しずつスピーチロックは減っていきます。
ご利用者やご家族に迷惑をかけないためにも、デイサービス一丸となって臨んでいきましょう!
まとめ
今回はデイサービスでのスピーチロックについてお伝えしてきました。
スピーチロックは言葉でご利用者の行動を制限する身体拘束の一つです。
スピーチロックは次の3つの面で分かりづらく、起きてしまいやすい身体拘束です。
- その範囲
- ご利用者への影響
- ご利用者自身の被害者意識
スピーチロックを起こさないためには、放置せずに、繰り返し、長期的に対策を行なっていく必要があります。
具体的には、次の3つの対策を行いましょう
- ご利用者に選択していただく習慣をつける
- 勝手にという概念は捨てる
- 繰り返し研修を行う
デイサービスでスピーチロックを起こさないためには、デイサービス全体として対策を行なっていく必要があります。
スピーチロックゼロを目指すことで、デイサービス全体の介護の質もグンと上がりますので、根気強く対策をしていきましょう!